2008/10/5前回の記事で奈良の爺々さんに明日岩橋山の久米の岩橋名石コースを金剛山剛友会の例会で歩く事を知り参加を申し込んだ
初めての参加は緊張する物だが集合場所である近鉄富田林駅で剛友会の皆様と出会い気さくな方達ばかり緊張は直ぐに消し飛んだ 金剛バスに乗り、大阪府立近っ飛鳥風土器の丘に向かう コースは近っ飛鳥風土器の丘の平石(ひらいわ)城跡から河南町平石(ひらいし)に出てここから岩橋山に続く名石コースを岩橋山に 登り下山はダイヤモンドトレールから古城跡、大和布施城跡を歴史を聞きながら下る 今日のリーダーはこの付近の地図を書いていた方で山は知り尽くしている 風土器の丘で先ず今日のコースの歴史を聞く 歴史探索の登山でもある 話を聞くがショウタンはチンプンカンプンだが役の行者や一言主の神と聞き覚えのある名前が出てくる。 楽しみだ ![]() 公園内を登ると展望台に出た 突然、展望台で自己紹介をと今日のリーダーは私を指名した 素晴らしい展望台ですがガスで何も見えない この後この風土器の丘が開発の手から守られたいきさつなどを聞きながら平石(ひらいわ)城跡に向かう。良く整備された道だ 途中、向かうであろう岩橋山がガスの向こうに浮かんでいる 歴史の山、何か幻想的だ、 話の中では昔は葛城山と言えば岩橋山を指した話など聞いていたが成るほど謂われの有りそうな山だ ![]() コースからほんの少し離れた所に平石城跡がある ややこしい話だが、この城は楠木正成の支城で平岩重直が楠木正成の挙兵に応じ北条方と戦った城で ソノ後楠木政儀がこの城を固め足利勢と戦った城跡だそうだ、やはり河内となると楠木正成だ。 少しややこしい 平石城(ひらいわじょう)平石地区(ひらいしちく)と平岩重直の混同がややこしい、 元に勝手看板に平岩城と堂々と書いていた。大阪府指定の史跡でもある ![]() ここから平石地区に出て岩橋山に向かう コースはよく見ると何かのマークや案内があるが古い物で有った ![]() ツルベ谷の左岸右岸から行けるそうだが右岸側を登っていった 登山口には金剛山剛友会の看板が掛けられていた ここから植林内を通り初めての堰堤で休憩、前の階段を登り途中ツルベ谷が分岐する所から鉄塔Na219の鉄塔管理道に入る。 ツルベ谷の分岐に張り出す支尾根だ。ツルベ谷の小川を渡り返す所は非常に分かりにくいだろう ここからは急登を登るが踏み跡はバッチリだ ![]() ![]() ![]() この関電道はヤヤブッシュで急登、それでも愉快に登る剛友会の皆さんは楽しい 踏み跡通りに登るとやがて名石コースの案内板が現れる ![]() ![]() 道標通りに登れば鍋、釜石や牛の背石、鉾立石に行ける。 この謂われについてはショウタンは書くほど聞き覚えられなかった 途中で昼食して胎内くぐりにに向かう この名石には他ルートからも行けると言うが途中から関電階段を下ると有った ここにも小さな道標があった 大きなショウタンはやっとくぐれる大きな岩の重なりだった 鍋釜石 ![]() ![]() 牛の背石 鉾立石 ![]() ![]() 胎内くぐり ![]() 最後は岩橋山の名の元、久米の岩橋だ 役の行者が一言主の命に吉野まで橋を架けるように命令したがかけられなかった云々 ![]() 古文書からこの名石探しをした人が最初に見つけたと言う石不動と久米の岩橋 ![]() ![]() ここから縦走路の道標に沿ってダイヤモンドトレールに出て岩橋山山頂に向かう 山頂で一休み、万歳で疲れを取る等ユニークな今日のリーダーだ ![]() ダイヤモンドトレールを葛城山方向に下り途中から新庄駅の道標に沿って下ると 布施城跡が有る ここで本丸跡や畝状竪堀郡等の史跡を見学、前もってリーダーから話を聞いていたが 見事な古城跡だ ![]() ![]() この付近は植林内で暗く思う写真がない 後は近鉄新庄駅に町中を下り、新庄駅前で解散した 総時間7時間半、一行の補足が変わらなかったのには驚きだ 又機会が有れば皆さんと歩いてみたいと思う。 爽やかなジョークが飛び交う皆さんだった 剛友会の皆様有り難うございました 参考ページ 奈良の爺々さんのページ きゃんぷと登山 のページ ショウタンの山歩録、名石コース図にリンク |
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