穴師兵主神社から穴師山、竜王山 2023/10/15 5人 ヤマレコの埋め込み 竜王山の十市城の古道の一つに、穴師兵主神社から竜王山城南城に直登できる古道が存在すると聞き行ってきました 主な竜王山城への道は、長岳寺ルート、笠不動からのルート、萱生町からの萱生道ルート、藤井町からのルートが有るようだ 萱生道、笠不動からのルート、長岳寺ルートは踏査したが、今回は穴師兵主神社からのルートを登ってみた 萱生道もそうだったが、登山者は少なくマニアックなルートでマダマダコース的には難しいルートのだ 単に南城に登るのならば尾根を伝えばいいが、掘切の特定、元穴師兵主神社跡や夏至の大平の穴師神社跡、等々の特定は難しいだろう 今回、縁あってお願いした地元のしまもと様の協力で各所の場所ルートが上手くつかめた しまもと様も奈良山岳会編集の大和青垣の峰々の古書から登山を行う事が好きなようで私と好みは似ていた 今回も、元穴師兵主神社跡を行き過ごす私にその場所を教えてくださった。感謝 |
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天理市無料駐車場に5人が集合して9時に山辺の道から穴師兵主神社に向かう 山辺の道は、道標が完璧でコース整備も良く、トイレなども設備が有る 空は曇り穴師神社を読んだ和歌に、巻向の穴師の山に雲居つつ雨は降れども濡れつつも来し と 何処かに書かれていた。その気分だが、予報は雨が止み段々と腫れるだった 駐車場から山辺の道の案内はバッチリだ 途中に古墳や遺跡は多いが今回はチラッと読んで先を急ぐ 道標はバッチリでトイレも設備が良い ヒラタネ柿の発祥の地で柿畑が多いが、放棄畑も目立つ ヒラタネ柿は柿渋を抜かなければ渋柿だが、渋抜きすれば高級柿に変わる あんぽ柿の原料だが、今は和歌山にその座を明け渡した様だ しまもとさんの案内で見晴らし台を廻って穴師兵主神社に向かう 少し道を間違っても山辺の道か何かの道標が有るだろう 野の花も多く、花探しも楽しい道だ ミゾソバなどは植えたように群生していた |
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穴師兵主神社の下に相撲神社が有る 相撲神社は小さな社殿と石造の土俵入り像と確か奈良県初の大相撲優勝者の徳勝龍の記念碑が有る この地で日本初の相撲が有ったとか 野見宿禰と當麻蹶速が相撲を取った場所とされている それにしてももう少し整備が欲しい所と思った その少し上に穴師兵主神社が鎮座する 思ったより参詣者は少なそうだが、その風格は凄い気がした |
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広い尾根を登る 次に目指すは、穴師山の西の穴師神社(穴師上社)が鎮座していた所と言われる夏至の大平に向かう 参考にさせていただいたページには平地と有るが、地形的に少し盛り上がった隠しピークだ 参考にさせていただいた方の等高線を5mに置きかえた作図を載せさせといたたきます 何もないようなピークだ 小さな凹みから穴師山三角点に向かう 巻向山から穴師山を目指した時に、山頂に落ちていたチャビンに穴師山と書き目印にした 宝来の鈴さんはれいのピンク板に三角点データーを書いたものが今も残っていた 穴師山は、夕月ヶ岳とする説や饒早日(ニギハヤヒ)命の御陵とする節など有るようだ マア大和は神話と史跡の宝庫だ 北掘割を下り登れば細い尾根先にわずかな膨らみの所が雌岳というと作図に有る |
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雌岳から下りこみ登り返しは急坂だが西側に巻き道が有った 谷から尾根に登れば少し倒木が出て、巨木の山桜の有る所が地形図一本松だ 地理院地形図を拡大すれば巻向川から道が伸びている 日当たりも良く明るい。昼食休憩とした 久々に、栗の渋皮煮を頂き食べれば頬が落ちる表現の美味しさだった 尾根を登る 最初に来たコースと少し離れたようで、放棄バイクは無かった 笹のブッシュは通良くなっていたが倒木は少し邪魔をする 各々通りよく尾根を登れば、柳本竜王社方向と笠不動方向の分岐道に出る 最短は直登だろうが、強引に笠不動側に向い回り込んで山頂、南城に出た 倒木が多く少し道も悪いが時間は思っていたより近い 地形を見れば堀切も有り、十市城は堅固な山城のようだ 日曜日は登山者も多い 見晴らしは良くハイキング登山に良い山だ 三角点の人気は薄そうだ 少し点の記を書いてみよう
所在地奈良県天理市田町826番 竜王山南城本丸跡 設置日 明治34年6月21日 私有林内 |
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少し休憩して天理ダム側に下り道標から長岳寺に下る 途中に出た、サルナシやムカゴ、アケビとワイワイ、登山時間より楽しそうな女性たち 特に食用キノコを見付ければ、これがモウしっちゃかめっちゃか、ワイワイ しまもと様に登り成れた道の案内を受けながら 長岳寺に下る |
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長岳寺下の地蔵から山辺の道レストラン(天理市トレイルセンター)で茶をして解散した この店のオーナーは、竜王山にメチャ詳しいそうだが、残念今日はお留守だった |
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