乗鞍岳、奥山、武士ヶ峰 2016/02/26 二人 |
コースタイム 登山口09:23--乗鞍岳12:00-食事12:10〜12:35奥山13:45-武士ヶ峰14:40-四等三角点16:42-登山口17:45 総時間約8時間20分途中休憩含む |
今弘法トレイルとして、弘法大使、空海が17歳のときに吉野から尾根を歩き高野山を発見したと言われる尾根、空海高野発見の道が一つの人気になっている。 随分以前からこの尾根を順次歩き、最後に乗鞍岳と奥山間を残していた この付近に登られる方のほとんどは天川村付近や大塔村道の駅付近から取り付く方がほとんどだが、情報の少ない西吉野町本谷から取り付き、 読図から周回を試みた 上地図は、私の軌跡だが下地図は私達が持った国土地理院の地図の切抜きです 状況を参考にするものは無く、破線道は現在も通れると信じて登った 取り付きの谷沿いは、道の跡はほぼ無く、仕方が無いのでバリエーション宜しく現場判断から乗鞍岳を目指した |
本谷から入り↑ 谷横の取り付き↑ 道↑ 本谷から茄子原の集落に向かって車道を登り、目的の谷を確定して道横の凸地に車を路注した 谷沿いに二本の道が入り、上側に登山者が巻いたであろうテープを見つけ上側道に取り付いた この取り付きは、日地地図や昭文社地図に紹介されている。 その情報から、少なくても道が有るだろうと少し甘く見ていたショウタンだ |
川の状況からその甘さを直ぐに打ち消された 直ぐに道は抜け状況の激しさを知る事になった。 最初は沢まで降りなくてもトラバースは出来たが、等々大きく抜け沢に下る 続図からもこの付近で、渡渉で尾根を越えるはず。道の状況を探していると此処は簡単に見つかった 所が二つ目の渡渉付近から道跡が見つからない。 上流部に登ってみるがその跡は無く、相棒がアイホーンアプリのGPSで状況を見る。道付近に居るが、??分からない 此処だろうと○危な斜面にそれらしいものを見つけて登るが破線道ではない 再度GPS確認をしてみた。破線道は少し上流にある事が分かるが、モウその位置には行けない 尾根をバリ登りして破線道に近づく努力はしたが、斜面状況からそれは空しかった 兎に角尾根に登ろうと動物道かソマ道か分からないが、道跡らしいところを登って尾根に出た と 古道跡が出た。どうやら565の測量点のある尾根中央にも古道が有ったようだ 地形から目的の破線道が尾根に出会う地点を地図から読んで、その付近を見たがその跡は見当たらない 再度GPSでその地点を確認したが古道との出会い地点だった 古道跡 古道跡は破線道と一致した。 古道跡を登ると林道がでた。人の出入りが有る林道のようで轍や薪が割られて積み上げられていた 地形から現在地を推測した。林道はほぼ古道破線道に準じていた 途中で動物の侵入を防ぐゲートを二つ越え、ほぼ古道跡を登ってゆくと林道が終わった その向こうの破線道はその状況を残していなかった 再度GPS確認して、乗鞍岳の下付近である事を確認した 弘法トレイルの高野発見の道に突き上げた |
此処まではGPSを多用したが、地形は読みは大きく破線道を外さなかったが、古道跡の一部は動物ネット内に入り通行出来ない状態だった 尾根を乗鞍岳に向かうが、乗鞍岳手前の斜面は急傾斜、トラロープが張られていて大助かりの傾斜だった 乗鞍岳山頂は二度目だ。 山頂には二等三角点、点名、乗鞍岳が鎮座する。 見晴らしも無い細長い尾根状のピークだ。選点は明治34年6月10日だ 標高は993.54、1000m近い山はマダマダ寒く、足下が凍り霜柱が立つ 東側に下るが、用心しないと滑り落ちそうな急傾斜、地図をよく見ると道は急傾斜を避けるように付いている 如何に昔人でも、急傾斜は越えないでピークを巻いたのだろう。 現在残る破線道から想像しても、急傾斜は巻き道だったのだろう。 人馬が通れればよかった時代、道といっても3尺程度の物だったのだろう |
下りきった地点で北風を避け、昼食だが今日は相棒がソートっと出したビールは北風の中でも目茶美味い 書いてはいないが、取り付き道を間違って登山開始時間が9時23分と遅くなった 余裕時間は無い 綺麗な尾根だ。道標は弘法高野発見の道、道標があり、最近KOBOトレイルと書かれたテープが無造作に巻かれている 南側に林道、川又天辻線が延びてきている。 尾根を行けば、自然と林道に下る。尾根に拘る事も無かろうと林道を歩いた。 KOBOトレイルは尾根に拘っている。ピークを読んで現在地を見ながら先を急いだ。 南側から奥山ピークに登れない事は知っている。 途中で林道が分かれる。北側林道に入り行くと林道は直ぐに終わって北へと下る 此処が目的の下山尾根だが、林道が出来ているとは予定外だ。時間が助かるだろう 林道に出て 左林道に 林道が北に下る地点から上側にトラバース状にソマ道が有り、それを登る。 正面にある道(下側)はソマ道だが、復路でこの道を来た。 尾根に出たが、直ぐに林道に下ってしまった。奥山取り付きは少し早かったようだ。 再度奥山に登る。この尾根は昭文社地図によると鳥屋ノ尾と呼ぶらしい 相棒は南側から取り付けない事を納得した地形だ 奥山はKOBOトレイルから外れているのか、踏み跡は無いが歩きよい 雑木の山頂に三等三角点、点名、塩野が有る。山名は奥山だが、この名を知る方は少ないだろう 山頂には宝来の鈴さんが、点名表記している。 マダマダ、三角点名と山頂の山名と混同する方が多い。 三角点は、必ず山頂に有るのではなく、点名は山名と一致しない。 又、同じ名でも当てる漢字が違うときが有る。大峰、弥仙の頂仙岳の点名は朝鮮岳だ。点名を知らないと字が間違っていると思うだろう 又、隣の山の名や地名を付けた三角点もある。明治の話だ。地図を作る前に聞いた名前だ、場所を間違ったりしたそうな 点名を表記してくれる人は少ない いまさらドウコウいう事は無いが、武士ヶ峰はこの付近を言う事が点の記から読み取れる 奥山と武士ヶ峰の標高は7mしか違わない 住所、奈良県大和の国吉野郡天川村大字塩野字奥山、俗称武士ヶ峰 だ 点名は大字を取り、小字は山名で、呼び名は武士ヶ峰だ。 武士ヶ峰とは武士の往来が多かったからソウ呼ばれたとか。天誅組や義経や弁慶、そして楠正勝や佐久間信盛、大塔の宮なんて思いをはせれば高野発見の道は歩くに楽しい。 |
コンパスを取って林道に下る。以前コンパスを取らなくて下山に失敗した記憶がある 林道に下り、国土地理院表記の武士ヶ峰に向かう。矢ハズ峠は林道の上のピークだ。矢ハズ峠を通った経験は無いが、矢ハズのように尾根が三方に分かれていたのだろうが、今は林道に削られている 奥山から林道出会い↑ ↑矢ハズ峠下付近↑ 林道から高城山や天狗倉山が見張らせる。 |
正面に武士ヶ峰が見える 取り付きはゲートを開けて植林の中に入ったが、植林囲いの外側尾根を登るがベターだ 途中で外に出たが、雑木に登り枝の撓りを利用して外に出た。外側は極最近雑木を切ってルートが出来テープが有った 植林内 ↓ 雑木の尾根↓ フェンス沿いを登るが傾斜は一級だ 一汗かくだろう |
山頂は寒い、短時間で引き返した。武士ヶ峰南峰に行く予定だったが時間が足りない、今日はパスだ 又白石山から登ろうと計画を練った。 急傾斜を林道に向って下る |
下山は林道を帰り、予定尾根まで大きく廻る事も可能だが、予定の古道入り口は状態が良かった 林道から古道分岐↑ 破線道、(古道)↑ 古道を行こう。時間はあるだろうと決断した。 最初は良く踏まれ登山者テープも見られたが、尾根道とトラバース道に分岐する所からトラバース道は跡が消えた 尾根を下るルートは相当踏まれていた 倒木内をウロウロと破線道を探すが見当たらない。もちろんGPSも使ってみたがその位置には道は無い うーん、引き返すには遠すぎると、直登で尾根に登り返そうと這い登ると、アララ道が出た。 GPSと地図位置が大きく違っていた。電波の通りが悪いのだろう 破線道が巻き道となる付近(破線道分岐) 斜面で道を探す 見つかった |
あまり踏まれていないが、谷以外は道の状態が良い 小さな谷は少し抜けている状態だ 道成りに歩いた。途中で上下に道が分岐した。迷ったが上を選んだ。 軌跡から上はソマ道だったことが分かったが、結果良しで、下り目的尾根に出た。 |
迷っている時間は無い。 地形から現在地を探り下る。右下に破線道が走るはずだがそれは見えない 地図から、この付近で破線道が尾根を越える地点で古道跡が見つかった 林道を横切った ↑ 古道の入り口に赤いテープが巻かれ、すき者は私たちだけでは無いようだ 古道の整備は無いが、間伐材は古道に置かず道として開けている ルンルンと下るが、道の土が凍っていて、ズル、転んだ。手の皮を少し傷めてしまった。涙 |
今日は余りコンパスを合わせていない。 ドンドン下った。四等三角点が下るルートに有る せめて、この四等点を探そうとコンパスでその位置を特定した 付近まで下ったが、見つからない、諦めて下ろうとした時、足下のススキの横にそれがあった 四等三角点 茄子原 標高630.63 車道出口の小屋下に四等点茄子原があった |
車道を下る。 豊かな村だろうか大きな家が多いが、住民の姿が無い 廃屋も有るが、手入れされた家が多く、無住ではなく定住していないのだろう だんだんと広い道に成り下る。 逆周りなら、この坂を歩く事に成った。良かったよかったと、少し痛めた足を労わりながら歩いた 茄子原からみた奥山 |
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