加太海岸は国立公園 城ヶ崎の峰と第一砲台跡 2024/11/13 |
和歌山市にノジギクが咲かないかと探している ノジギクは兵庫県の県民の花です 牧野富太郎が見つけた花だそうです 和歌山の記録では生石山に有ったそうですが、今は姿を消しているし 岩出市の四季の里にも有ったそうですが、今は見当たらないと聞いた 何処かに残ると山歩きを楽しみながら探しているが中々見つからない 今回は加太海岸を少し探してみた 加太海岸を超え深山地区に入る峠は両サイドは岩で金網で落石を止めている 何処に土が有るのかと思う隙間にアゼトウバナとツワブキが咲く 黄色が目立つ両花は海岸沿いに多く、特にアゼトウバナは深山の海岸の岩間に咲く 先ずは深山団地の横手から堀切で分断されている城ヶ崎の尾根に取りつく 地形図に道は乗るが、これが広い舗装路で途中から未舗装に成るが尾根上まで続く 尾根は広い台地で石柱に読み切れないが○○〇〇入山門と書かれた石柱が立つ 施設は何か知らないが、豪華な別荘風の建物が出る 立ち入りに関しては表記が無いからそのまま入った 正面に階段が出て登れば旧軍の何やら施設跡が残る 旧軍設備内は薪が沢山入っていました 何処で使うのだろう その前はすごいブッシュで行けない 少し斜面を歩いてブッシュを避けたが危険も伴う傾斜だ 次々に何かが出る 境界石に 深い井戸状の物は、飛行機の音を聞く装置かな(菊水台) その先に丸いコンクリの台、何だろう 何かの建物が有ったのか、レンガがいくつか残されていた |
ウバメガシが主に成れば尾根は歩きよい 地図通りに道が有りそうで進めば尾根を切り取った軍道が出ます 横から注意して峠に下り、そのまま深山の方向に下った 道跡は残ります 注意深く歩けば踏み跡状の道が斜面から降りる GPSで確認すれば破線道のようだった |
道を下れば擁壁に出て高さは2.5ⅿ程度で笹をもって滑り降りた 下の道はコンクリ舗装でした 谷は田の跡で今は笹が生える湿地だ 四国山の土取時代にイロイロとコンクリで固めたようだ もうノジギクはあきらめた 山肌を見ると旧軍道が残っている 境界石が落ちそうだしゲートが出た |
団地裏に戻り、県道から展望台がある城ヶ崎の端に行く 城ヶ崎は東屋の有る公園で、海の見晴らしは最高です 友ケ島、太平洋、国民宿舎、等々さすが国立公園だ 残念なことに駐車場やバスが無くチョット見に行こうの気は起らない 公園内でバイクでテントを張っていた 階段で下の岩場に下れる この時期は黄色のアゼトウバナとツワブキの黄色が競い合い美しい 少し景色を楽しみ、第一砲台跡にバイクで向かう |
砲台跡は由良要塞と言われるそうで、明治から昭和まで使われていたそうで、友ヶ島もすごいがここもすごい設備だ すべてに遊歩道があるわけではないが、パンプスでも歩ける程度に整備が有る 道成に歩けば第一砲台跡に出て半地下の弾薬庫が見どころだ 砲弾の重さは知らないが、砲弾を担いで階段を登ったわけでもないだろうが、何処をどう運んだか興味がある 東屋が有る展望台は広い 川のように流れる海峡を舟が通る 潮の満ち引き時に流れに逆らえない船が有ったり、流されるように走る船が有ったりとする 海峡は魚が豊富で島周りは漁船が多い 見慣れた景色で写真を忘れた 道成に海岸に下ってみることにした ウバメガシのドングリが多かった 今年は豊作だろう イノシシは食料に困らないだろうな 道成に下る |
下り込んだ広場の横にトンネル状のものが有り、出口は見えない 一度入ったが コウモリとその糞で引き返したが、潜水艦の聴音室なのだろうか 付近に部屋らしい遺跡がいくつか残る 道標で浜に下った 砂浜は無い 海に迫る断崖絶壁だ 船着き場が有ったようでその跡が残る ふと見るとトンネル状のものが有り、入ってみれば向こうが見える?? 要塞関係の物だろうが、現在風の石が使われている 補修か何かが有ったのだろうか 海を見ながらユックリとご飯を食べ、茶を飲んだ 釣り人が楽しそうに遊んでいた 磯の香りがすごい 寒天草が打ち上げれれている 少し前まで加太のお年寄りたちは拾い集めて浜でほして寒天を作っていたのが懐かしい トンネルをくぐってみた 出口はコウモリの方とは違った 水路なのかも 少し道に出るのが・・??となったがすぐにわかった 緩やかな坂を登り切れば、駐車場に出る 初めて見る花が咲いていた。名は分からないが不思議な形だった |
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