2006/11/02
アンナプルナベースキャンプトレッキング、
「ABCに向かって。」
11月2日 ABCに向かって

今日はお腹も少し調子が良い。ABCまで行くかMBCにするか、マンシンは私の体調を見るという。フライドチップポテトとオニオンスープで軽く朝食。バンブーの森からはますます登山道らしくなり登って行く。前回見たヒンズーの森の神様の祠は崩れさっていたが、ポーターやガイド達は手を合わせ、野花を捧げて通る。

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山は秋の臭いがする。DEURALIの手前の急登を登っていると、マンシンが日本人が来たよと言う。日本人ですか? ハイ、10人ほどの女性の多い団体。中程に岩崎元郎さんがいた。彼もビックリしたであろうが私もビックリした。光岳でのお礼を言い、握手で別れた。DEURALIで昼食にする、ここは3200m少し寒い。

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ダンプスで一緒だった青年もここで一緒にごはんにした。彼とは、数度ロキシーパーティをする事になる。

ショウタンすこぶる調子が良い、本当はMBC(マチャプチュレベースキャンプ)で気圧順応が当たり前だが、ショウタンはABCまでいきなり登ることにする。天気はあまり良くない、マチャプチュレは荒れている。

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どうやらABCには最後の登山客らしい、ほとんどはMBC泊まりだ。
一歩一歩ビスタリービスタリー。途中の日本人ABC遭難の碑にお参りしないで登る気はしない。マンシンの許可を取り、迂回してお参りした。白いタルチョを捧げて、日本製のチョコを供え、真言を唱えた。
ここは4000m。天気が芳しくない、少し寒くなってきた。

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遅れてABCロッジに着くと、マンシンは部屋が無いと言う。最終客のショウタン困った。食堂にでも眠れればいいとマンシンに言った。マンシンは口癖のように大丈夫だと言う。部屋が見つかるまで、ショウタンはウロウロ。前回来たときに書いた日の丸の寄せ書きがまだ揚げられていた。

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マンシンは相部屋でも良いかと聞く。私はOK だ。UKの若者が相部屋OKと言ってくれた。助かった、眠れる。彼は自己紹介をしてくれるが、アイアム、ショウタンとしか言えない。彼は笑って許してくれた。
夜の食事中英語が話せないのはショウタンだけ。この時ばかしは少し寂しかったが、山好き達は皆優しい。時々知っている日本語で私に話しかけてくれる。ショウタンも知りうる限りの単語を並べた。

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夜は冷えてきた。最高-20度には成るという。寝袋の上にブランケットを被せ、羽毛のジャケットを着て、下は極厚発熱下着で寝たが、しばらくは寒くって眠れなかった。マンシンと飲んだウイスキーが逆作用に働いたのか、軽い高山病が眠りを妨げているのか。やは
続く