アンナプルナラウンド
2006/10/18
マルハに向かって
マルハに向かって
10月18日
今日登山口のあるマルハに向かう。少し早く目覚めたショウタンは、テラスに出てニラギリを眺めていた。突然爆音が聞こえたかと思うと、小さな飛行機があっと言う間に谷間に現れ、ジョムソン空港に着陸した。風が出るまでの勝負の空港、一番機は早い。

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外に出ると、兵隊さんが走り、ホテルの前では朝市が行なわれていた。このジョムソン付近は、日本やアメリカの協力による野菜やリンゴ作りが盛んで、良い物が取れる。今はリンゴの最盛期。ジョムソンからマルハ付近は最高のリンゴが採れるという。

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外に散歩に出た。一般客やトレッカー達が空港から吐き出され、それを目的の単車ハイヤーが道ばたに並んでいた。単車はムクチナートまでお客を乗せる。

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とにかくジョムソンは朝が賑やかだ。カグベニで出会った羊たちは、朝ジョムソンに着いた。私は、この羊たちの終着点は死が待っていることを思うと、少し可哀想に思えた。

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ニマンさんがキャンプ道具を空港に取りに行き、タンタラさんが荷造りをして、四人はマルハに向かう。途中で動物の飼料を背負う方達と出会ったが、すごい量を運ぶものと感心した。

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チョット余計な話しだが、山歩隊隊長のシマヤンが、マンシングさんにと、一足の登山靴をプレゼントしてくれた。マンシンこの靴でダンプスに挑戦する。すごいホコリで靴が真っ白だ。

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マルハの町には2時間足らずで着いた。先ずマンシンの知り合いのホテルに行くが、畑に出かけホテルが閉まっていた。マンシンとニマンさんが別ホテルを探しに出かけた。私とタンタラさんが茶をして待っていた。そこの茶店の子供が私になつき、数え歌を教えてくれた。

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マルハはタカリ族の村。タカリ族はきれい好きで、料理が美味しいことで知られている。マルハの町の壁は真っ白、町も綺麗でした。
    
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マンシン達が戻り、村はずれのホテルに泊まることにする。マンシン達が時間がかかったのは、キャンプに必要なコンロのレンタルや食料が調達出来るホテルを探していたのだ。
    
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ホテルの前のリンゴ園は見事でした。又ズッキーニが置かれていたが、ナント大きな事か。

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部屋に入り早速、荷物の点検。いよいよ登山気分が高まる。
    
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午後から、町を散策した。マルハの町に川口慧海の足跡があった。ここはミュージアムになっていたが、ここも人がいなかった。
    
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学校も見学させてもらった。

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お寺にお参りしたり、町中を散策。もちろん居酒屋でロキシーは欠かせない。ここでチベット難民の話を聞き、チベットの現実を知った。この方はチベット難民村の学校の先生だそうです。

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お寺の博物館でネパールの刀を持つマンシン

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マタマタロキシーを呑む。右端がニマンさん

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続く